私と家族

面河渓 (月, 29 10月 2018)
10月25日から28日まで高知に帰省した。母校である高知学芸高校の1年生に対して進学ガイダンスを行うためである。高知に滞在中、日帰りで愛媛県の面河渓を訪れた。数年前から面河渓に行ってみたいとずっと思っていたが、途中で道に迷い、何度か途中で引き返していた。 私が幼い頃、我が家には縦4センチ、横3センチほどの小さな白黒写真があった。この写真には1歳になるかならないかの頃の私が父親に抱かれている姿が写っていた。父親はまだ若々しかった。父親の生前、その写真はどこで撮影したのかと父親に尋ねたことがあった。父親は「面河に行ったときに撮った写真よ」と一言答えただけであった。私もそれ以上突っ込んで聞きはしなかった。 その写真は、私が大学を卒業する際に卒業アルバムに掲載するために他の数枚の写真と一緒に実家から送ってもらったが、残念なことに紛失してしまった。ただその写真に写っていた若かりし頃の父親と幼い私自身の表情は今も網膜に焼き付いている。 その写真には、背景はほとんど写っていなかった。しかし、今回、面河を訪ね、きっとここで撮影したのだろうと思う場所を見つけた。 今でこそ道路が整備されているが、実家から面河までは遠い。当時はまだ道らしき道すらなかったのではないか。しかも当時、我が家には車がなかった。父親はどうやって面河まで行ったのであろうか。しかもまだ乳飲子であった私を連れて。きっと母親も私の姉も一緒であったのではないだろうか。 面河渓の紅葉をカメラに収めながら、私は60年前の出来事に想いを馳せた。
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姉の病状 (Tue, 09 Oct 2018)
今朝、弁護士と電話を話した際に、姉の病状が思わしくないとの連絡を受けた。予想通りであった。一方的に縁を切っても親の遺産の相続権は消えないことを姉は知っていた節がある。姉は両親が入院して亡くなるまでの間、一度も病院に面会に訪れなかった。母親からのたび重なる電話にも出なかった。父親の葬儀にも出席しなかった。 両親の生前、一度も両親の見舞いに訪れなければ、姉の病状はさらに悪化するだろうと私は思っていた。案の定、そうなった。亡くなった両親をどんなに責めようとも、どんなに言い訳をしようとも、身体は正直である。 もう姉の病状はよくなるまい。可哀想であるが仕方がない。意地悪い表現をすれば、自業自得である。姉が縋る宗教も姉の心を癒しはしない。姉は、何が自分を苦しめ続けているのかに早く気づかねばならない。それ以外に姉が救われる道はない。私はもう手助けしない。
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